前 | 2003年 5月 |
次 | ||||
日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
1 | 2 | 3 | ||||
4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 |
11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 |
18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 |
25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
ちょっとしたきっかけがあって、今日は品川の宿場散歩。職場の移転とは関係ない。
のたのたと支度をして家を出たのは10:00くらい。下車予定駅は青物横丁だが、これが上大岡から行くとけっこう不便。横浜から座れた快特を蒲田で降りるが、これが川崎で切り離した羽田空港行きの後で入ってくる普通への乗り継ぎで、結局川崎で向かいのホームにいた列車。その列車に平和島まで乗るが、快特に2本抜かれた挙句に立会川でも特急に抜かれるというので、また乗り換え。だったら蒲田でそれに乗ればよかった、というより、最初に乗った快特で品川まで行ってから戻ったほうが早くないか? なんで、青物横丁に降りたら11時になってなきゃいけないんだ?
青物横丁駅から、ジュネーブ平和通りという失笑を禁じえないネーミングの通りを東(海側)に向かって少し行くと、旧東海道に出る。今日はここから品川駅方面に向かって歩く予定だが、近くにある品川寺(ほんせんじ)と海雲寺を見るため、右に折れて京都方面(大げさな!)へ。
まず右手に現れるのが品川寺。品川区ではいちばん古く創建は奈良時代(と書いてあったと思う)とか。樹齢600年という見事な大イチョウの樹もある。
←梵鐘も見事
←境内に入ってすぐに目に入る地蔵菩薩像。江戸六地蔵の1番
海雲寺は、品川寺からすぐ。火と水の神ということで、古来、女将さんたちの信仰が厚かったという。火と水=台所の神様ということか。火の用心のご利益もあるとのことで、防火のお願いをする。
道を引き返して東海道を品川(ってもここが品川宿なのだが、北品川方面という意味)へ。ジュネーブ平和通りを渡ってすぐ左手の奥まったところにある諏方神社に寄ってみる。諏方でも、やっぱり読みは「すわ」なんだろう。「旧東海道品川宿周辺まちづくり協議会」が発行している「東海道品川宿まち歩きマップ」でも無視されている小さな神社。が、社殿の彫刻に注目。龍や鶴、亀などはあまり珍しくはないが、なんとそういう定番に混じって魚まで彫られているのだ。さすが、昔は海辺にあった神社である。この魚がまた不細工で、まるでシーマン。惜しくも社殿右の彫刻は失われているが、いったいどんなものが彫られていたのだろう。
←シーマン
←街道筋の公園やトイレも江戸っぽいデザイン
昼近くになった。昼食予定の店まではまだちょっとあるので途中の和菓子屋で柏餅などを買い、目黒川を渡ってすぐの荏原神社の境内で間食。川沿いの道は、ツツジが満開をちょっと過ぎた感じだが、まだ鮮やかな彩りだった。
←目黒川に架かる鎮守橋。右手の杜が荏原神社
北品川に入り、商店街を抜ける。途中、左手に「品川宿お休み処」という休憩所(無人)があり、けっこう人がたむろってる。「東海道品川宿まち歩きマップ」というのをもらうが、普通の人とは逆方向に歩いたせいか、ここでゲットしても、今日はあまり使い道がない。ゴジラ上陸地点の八ツ山橋手前、郵便局の角で東海道散歩はおしまい。
今日の散歩の目的の一つがこれ。旧東海道から天王洲方向にまっすぐ下り、八ツ山通りを渡って、再開発エリアのはずれにある「しながわ翁」でそばを食す。名前のとおり、長坂にある翁の流れで、翁の名前を名乗ることが許された店とのこと。詳しくは「天せいろ」にアップするが、うまかった。
ちょっと前までは再開発地域の中には入れなかったのだが、今日は新幹線の線路脇を通る国道もオープンになっていたので、初めて歩いてみる。すでに、Vタワーも、キヤノン販売のビルも、三菱村も、ビル自体は完成している。いろいろ搬入が始まっているビルもあるようで、どのビルにも警備員が立っていた。回り込んで駅前のペデストリアンデッキに上がり、来年入居予定のオフィスビルも見てきた。こちらはまだ工事中。でも、骨格とおおよその外壁はできており、自分が通うことになるフロアもすでにできているようだ。しかし、ランチには苦労しそうな街である。どうみても急増したオフィス人口に見合うだけの飲食店があるとは思えない。これは、弁当持参か?
京浜東北線が(また)止まっているとかいうアナウンスを尻目に、京急へ。泉岳寺始発の快特に乗り、上大岡京急(百貨店)で夕食の食材を買って3時に帰宅。
シーマン笑わせていただきました。<br>こういう発見があるのが、街あるきですね。